2017年10月28日土曜日

九大相撲部の事など

2年以上空いてしまいましたが、久しぶりに書いてみます。

本題に入る前に、2年も空いてしまったので改めてこのブログの目的などを再確認しておこうと思います。このブログは、私の関わっている相撲団体(具体的には九州大学相撲部と福岡市相撲連盟)についての情報を発信することを目的とします。特に九大相撲部は、本題でも触れますけど今部員がゼロなので、ここで情報発信することで九大にかつて相撲部があったことをアピールできればと思っています。

で、本題。九大相撲部については以前にも書いたことがありますが、昨年末に確認したところ、最後まで残ってくれていた大学院生も卒業してしまい、ついに部員がいなくなってしまったとのことです。これまで、活動してるんだかしてないんだかわからない時期もありつつ、それでも誰かしら部員はいたのですが、完全にゼロになってしまったのは創部以来初めての事だと思います。

部員がいないということで現在大学内での位置付けはどうなっているのか、休部ということなのか、それとも取り潰しなのか…。九州大学課外活動WEBというサイトがあり、この中には相撲部(同好会)が入っていないということは…まあそういうことなのでしょう。以前後輩から、土俵はないけど部室はもらえたとの旨聞いていたのですが、それもどうなったことやら…

以前Twitterにも同じようなことを呟いたのですが、部員獲得の条件が九大とほぼ同じ(入学者のうち高校までの経験者はほとんどいないという点で)である、他の国公立大学相撲部の部員獲得状況は、ネットで確認できる範囲ではわりと順調であるようです。ここ数年は相撲ブームと言っても良い状況で、この状況はひとまずは良い方に作用しているように見えます。

ただ、これらは今現在相撲部が活動している大学での話です(当たり前ですけど)。もし相撲に興味がある学生がいたとして、現在活動している相撲部に入るのと、相撲部がないところに新たに作るのとでは、後者はもう一段ハードルが高いのだろうと思います。九大相撲部は、個人的にはまだ看板を下ろしていないつもりですけど、部員がいない状況では、学生一般にとってそれはないのと同じことなのだと思います。

自分が大学に入った時のことを思い出して、僕は相撲部があったから入りましたけど、もしなかったら自分で立ち上げようとは思わないでしょう(それだけに、これと同じ状態だった新潟大学に相撲部が今年の春復活したのは驚きましたし、復活させた学生には敬意を評したいと思います)。

そうこうしているうちに、九大相撲部復活準備室なるツイッターアカウントが出現しました。これは九大相撲部の現状をどうにかしたいと、九州在住の他大学のOBの方が立ち上げてくれたもので、九大の事務とも話をつけてビラなどを学内に置かせてもらっているとのことです。こう言った活動により、相撲を始めるハードルが下がれば、と思います。

2015年9月5日土曜日

太宰府天満宮注連打奉納相撲大会

8月30日、太宰府天満宮の奉納相撲大会を見てきました。


毎年8月の最終日曜日に行われているこの大会、私も相撲を始めた二十歳の頃から毎年参加していましたが、今年に入ってからまともに稽古していないということもあり、参加を見送りました。

大会の流れとしては、午前中に小学生の部(団体戦と、学年別個人戦)があり、赤ちゃんの土俵入りを挟んで、午後から成年の部があります。成年と言っていますが、最近は下は中学生も出てきています。また大学相撲の強豪、九州情報大学が太宰府市にあるので、毎年2〜3チーム出場しています。

私が会場に着いたのがお昼時で、ちょうど赤ちゃんの土俵入りが行われていました。


今年は12チームが参加。例年はもっとたくさん出ているのですが、今年はこれだけでした。私がお世話になっている福岡市相撲連盟からは、福岡市、大濠武道館、住吉相撲クラブの3チームが出場しました。



予選を3回戦行い、上位8チームが決勝トーナメントに進みます。さすがに九州情報大、強いです(情報大Aが予選で一つ負けてますが、これは予選3回戦で情報大Bと対戦したため)。福岡市も3勝で決勝進出、大濠武道館は太宰府市との順位決定戦を制してこちらも決勝に進みましたが、住吉は予選で情報大A、B両方と当たる厳しい組み合わせで予選落ちしました。


決勝は抽選の結果このような形に。情報大は準決勝で同士討ちの形となり、情報大Bが決勝に進みました。福岡市も決勝1回戦で同士討ち、福岡市が勝ち進みました。準決勝で春日市を降して決勝へ。

なお、春日市チームは、実態は立命館APU相撲部のようです。

決勝は情報大Bが3-0で勝ち優勝、福岡市は準優勝でした。

相撲は、見てるだけでももちろん楽しいですが、やっぱり自分でやらないとちょっとつまらないと思ったり。もう一度体を鍛えて、来年は出たいなぁ。あと今年は九大相撲部がいませんでしたが、来年は出られますように。

2015年8月25日火曜日

相撲七大戦2015

今年の七大戦は8月23日に東北大学の主管で、宮城野原公園相撲場で行われました。私、ここ数年この大会は毎年手伝いがてら見に行っていたのですが、今年は母校の九大が不参加ということもあり、行きませんでした。
優勝は地元東北大学。北海道大学の相撲部は、まだ北大の体育会には非公認という扱いらしく、総合体育大会としての順位からは外されますが、実際は北大が2位のようです。

七大学全てに相撲部があるという状態になったのは2006年、阪大に相撲部が出来てからだったと思います。そこから数年は阪大や、北大(実は第一回からの皆勤賞なのですが、当初は相撲部ではなく、学生寮の有志がその都度チームを組んで出場していました)は、チームとしての基盤が弱く、下位に沈むことが多かったのですが、最近は力をつけてきており、今年は北大が準優勝。また2013年はこの2大学が3位に並んで順位決定戦なりました。

逆に、母校九大は2007年に準優勝、その後数年は入賞を狙える位置にはつけていたのですが、2012年〜14年は最下位に沈み、今年はついに参加もできない状態となりました。

相撲に限った話ではありませんが、学生のスポーツの宿命として、基本的には4年で引退しなければいけないということがあります(競技によっては、留年者や大学院生も変わらず出場できたりしますが)。強い選手が一人いたとしても、その人が4年で卒業してしまえばそれまでで、だからこそ、個々の強化と並行して、メンバーを確保することが重要になってきます。当たり前の話ですが。

2002年の相撲七大戦の閉会式の講評で東大の先生が、「数は力である」と仰られていて、その時私は一人で個人戦だけ参加していたので非常に耳が痛かったことを思い出します。

優勝した東北大学は、国体レベルの高校相撲の経験者がいるらしく、確実なポイントゲッターがいることが大きいのは間違いないのですが、東北大相撲部のホームページによると、部員が10人いるみたいで、まさに「数は力」を体現しているのかなと思います。
今回大躍進の北大も東北大と同様、高校相撲の経験者が一人いるみたいですが、北大相撲部のホームページを見ると部員は10人。3位の東大もホームページによると13人現役部員がいる模様です。

チームとして強くなるためには、まずは部員の確保が大切ですね。特に九大。

※あくまで個人の見解です。


2015年8月22日土曜日

相撲七大戦プレイバック8~14(簡易版)

 さて、今年の相撲七大戦はいよいよ明日行われます。開催までに過去14回の七大戦を振り返ろうと考えていたのですが、半分7回までしか終わりませんでした。残りの7回については、詳細はまた気が向いたらということで、対戦成績だけ貼り付けておきます。

第8回 

2008年8月21日、東北大学主管。仙台市宮城野原公園相撲場。
阪大は個人戦のみ出場。


※一部、筆者所有のメモに不備があり不完全版です。

大会終了後、オープン戦開催。

第9回

2009年8月23日、東京大学主管。江戸川区総合レクリエーション公園相撲場。

この大会から、七大学総合体育大会の正式種目化。



第10回

2010年8月22日、名古屋大学主管。名古屋市瑞穂公園相撲場。


第11回

2011年8月21日、北海道大学、名古屋大学主管。紋別市紋別公園。
京大は個人戦のみ出場。


第12回

2012年8月19日、九州大学主管。福岡市武道館相撲場。


大会終了後、OB戦開催。現役や部外者を含まない、純粋なOB戦はこの時が初めて。

第13回

2013年8月25日、大阪大学主管。堺市大浜公園相撲場。


第14回

2014年8月24日、京都大学主管。京都市武道センター相撲場。


2015年8月20日木曜日

相撲七大戦プレイバック7

第7回の相撲七大戦は2007年8月19日、京都大学の主管で京都市武道センター相撲場にて行われました。


初めて七大学全て揃ったこの年の大会は、それまでになく混戦模様となりました。混戦を演出したのが九州大学で、前大会まで一度も負けていなかった名古屋大学を降すなど、このまま行くかと思われましたが、最後の東北大学戦で敗れ、最終的には上記のような成績になりました。5勝22点で並んだ九大と名大が優勝決定戦を行い、今度は名大が勝ちました。名大はこれで7連覇。

2015年8月18日火曜日

相撲七大戦プレイバック4〜6

さて、筆者が選手として出場したのは第三回が最後で、その後は第七回以降はコーチやら監督やらとして応援に行ったりもしましたが、第4回から第6回までは手元に資料がなく、詳細がわからないので、わかっていることを書き連ねるに止めたいと思います。

第4回

2004年8月19日に、札幌市円山公園にて開催。この年は北大主管でしたが、相撲に関しては北大に正規の相撲部がなく、名大が共同主管校として名を連ねています。阪大、九大が不参加。5大学の総当たりの結果、名大が優勝、東大が2位でした(3位から5位は不明)。特記事項として、この年から体重別個人戦(65キロ未満、75キロ未満、75キロ以上)が開催されました。

第5回

2005年8月27日に、福岡市武道館にて開催。この年は九大主管でしたが、九大は不参加だったため、去年に引き続き名大が主管校となって行われました。阪大、九大が不参加、加えて東大が個人戦のみ2人参加でした。4大学総当たりの結果、名大が優勝、以下京大、東北大、北大の順番でした。本戦の後、OBや福岡市相撲連盟の選手も交えてオープン戦が行なわれました。

第6回

2006年8月21日、大阪府堺市大浜公園相撲場にて開催。この年、初めて阪大が参加、主管校も務めました(名大と共同で)。団体戦は、前年不参加だった九大、東大もこの年は出場しましたが、東北大が、なんらかの事情で参加できず、6大学による総当たりで行われました。名大が6年連続で優勝。以下、京大、東大、阪大、北大、九大の順番。

第7回以降はもう少し詳細にする予定。

相撲七大戦プレイバック3

第三回の相撲七大戦は、2003年7月27日に、名古屋大学の主管で開催されました。

この大会は、本戦に先駆けで前日の26日に、OBや他大学の選手も参加できるオープン戦も開催されました。交通の都合で参加できなかった大学もありましたが、出場選手にとっては前日調整も兼ねたものとなりました。レセプションはその夜に行われました。

翌27日は本戦。今大会も阪大は不参加。加えて、九大も二人しか選手がいなかったため、本来なら団体戦には出られなかったのですが、「せっかく九州から来たのに、個人戦だけで帰らせるのはかわいそうだから」との、主管校の判断で、団体戦にも参加しました。とは言え、二人しかいないので、二人とも勝っても2-3になるので、基本的には勝つことはできないのですが。

さて、結果です。過去二回の大会では、終了後に主管校から詳細な結果が送られてきたのですが、第三回以降はそれがなくなったようで、大学同士の対戦成績がわからないので、当時のメモ書きと私の記憶を頼りに書いていこうと思います。

優勝は名古屋大学で、3年連続全勝優勝でした。以下東大、京大、北大と続き、東北と九大が5位に並びました。前述の通り、基本的には九大は勝てない筈でしたが、東北大も4人での出場だったため、2-2の引き分けに持ち込んで、最終順位も同点でした。


なお私はこの大会、団体戦と個人戦に出場しましたが、当時大学院2年だった私が個人戦に出場したことに関して、大会後の代表者会議で揉めまして、このことから、第二回と第三回の間に現行の規約(七大戦の話参照)ができたと考えられます。

その他特記事項として、この年は名大と東大に女子部員が一人ずついたため、相撲七大戦において初めて、そして現時点で唯一の女子個人戦が行われました。